寝る時にコンタクトを装用し、外すと遠くが見やすくなるというオルソケラトロジー。
大人だけでなく、子供でも使用している・使用を考えているという方も少なくない様子。
こちらはオルソケラトロジーはしていないんですが、なぜかこちらに問い合わせをされる方もいらっしゃいます。
せっかくなので、今回はオルソケラトロジーについて思うことを書きたいと思います。
オルソケラトロジー関連のHPを見て、まず気になったのが年齢の話。
「大人から子供まで、幅広い年齢層にご利用いただけます」というような説明がほとんどでしたが、日本コンタクトレンズ学会による「オルソケラトロジーガイドライン(第2版:2017年)」によると、オルソケラトロジーの適応は
【患者本人の十分な判断と同意を求めることが可能で,親権者の関与を必要としないという趣旨から,20歳以上を原則とする。20歳未満は慎重処方とする】
とあります。
”20歳未満は慎重処方とする”ことの理由としては、以下のように書かれています。
【我が国で臨床試験が行われた年齢(20 歳以上あるいは19歳以上)に満たない者,および高齢者に対しての安全性の評価は確定されていない。
特に,小児への処方は使用期間が長期にわたる可能性があり,本レンズ装用に起こりうるリスクを考慮してその可否を慎重に判断する必要がある】
つまり”子供・高齢者に関しては安全と確定はしていない”という訳です。
もちろん「低年齢の方にオルソケラトロジーをしてはいけない」という事ではありません。
ただ、ガイドラインにはこんな記載もあります。
【処方者はオルソKの問題点と合併症について十分な説明を行い、対象者または保護者が納得したうえで処方しなければならない】
【オルソKによる屈折矯正の長期予後についてはなお不確定な要素があること,正常な角膜に変化を与えることなどから慎重に適応例を選択しなければならない】
要約すると”子供・高齢者にはリスクと問題点を十分に説明し、納得させた上で慎重に選択すべし”だと思います。
しかし、現状オルソケラトロジー関連のサイトを見ると、こんな記載が見られます。
”まずは気軽に一度試してみていただきたい”
”4歳から88歳まで(中略)レンズの取り扱いができるのであれば、いかなる年齢でも治療は可能”
”リスクはほとんどありません”
” レンズを付けることをやめれば元の状態に戻りますので安全性の高い治療と言えます”
これで本当にきちんとリスクの説明がなされているのでしょうか?不安になってきました。
安全性についても心配なことがあります。
オルソケラトロジーは、特殊なコンタクトによって角膜の形状を変化させる術式です。
その角膜は涙から空気中の酸素を取り入れていますが、コンタクトを装用すると角膜が大気から遮断されるため、角膜への酸素供給量は減少してしまいます。
これは非酸素透過性タイプだけでなく、程度の差こそあれ酸素透過性タイプでも供給量の減少は起こるものです。
従来の非酸素透過性コンタクト(ソフトコンタクト・カラコンなど)は、角膜の酸素濃度が約6~8%になり、これはエベレスト山頂と同じくらい。
酸素透過性コンタクトにしても約15%で、大体富士山山頂くらいの酸素濃度となります。
平地の酸素濃度が約21%と言われていますので、どんなに酸素透過性の高いコンタクトを装用しても、酸素不足になることは避けられません。
ちなみにどんなに酸素透過率の高い素材でも、ある水準を超えるとそれ以降は角膜の酸素量はほぼ横ばいとなり、それ以上は増えないそうです。
なので、「高い酸素透過性コンタクトを使えば大丈夫!」とはならないそう。
なお、寝る時に瞼を閉じるだけでも、酸素の供給量は開いているときの3分の1程度になります。
それから考えると酸素透過性コンタクトを装用して寝た場合、酸素濃度が5%程度になるのでは。
仮に8時間睡眠をとるとして、1日の3分の1エベレストよりも酸素が薄い状態でいることを何年も続けて、本当に問題ないのでしょうか?
角膜に十分な酸素がいきわたらないと、新陳代謝がわるくなり障害が発生しやすい状況になります。
角膜の一番外側の部分は細胞分裂がありますが、一番内側の部分は細胞分裂自体がないので、長年の酸素不足があると通常の加齢による影響を、大きく超えた異常が見られることがあります。
「連続装用ができるコンタクトでも、寝る時は外したほうが良い」と言われるのは、こうしたことが理由なんです。
この点がオルソケラトロジーで一番心配されるところでして、”酸素透過性の高いコンタクトを使用しているから大丈夫!”
という感じで書かれているサイトも多いのですが、完全にそうとも言えないみたいなんです。
更に子供の場合は、近視の進行の問題があるので視力が安定しにくく、大人よりもオルソケラトロジーをする期間が長くなる可能性があるため、その分リスクをよくよく考慮する必要がある、と言われているのです。
コンタクトレンズによる角膜障害の発生率は、昔に比べるとだいぶ減ってきたそうですが、一番発生率が高いのが、連続装用タイプの使い捨てコンタクトで、およそ14%だそうです。
なお、一番発生率が低かったのが、1dayタイプの使い捨てコンタクトで、およそ3%だそうです。
つまり朝つけて夜寝る時に外すタイプよりも、ずっとつけているタイプの方が角膜障害を起こしやすいということでして、これも寝る時のコンタクトの影響を表しているのではないでしょうか。
とあるオルソケラトロジーを扱うサイトに、こんな記載がありました。
【オルソケラトロジーに使用するレンズを継続装用中は視力が持続しますが、中止すると徐々に元に戻ります。そのため、視力が回復するわけではありません】
「オルソ」は角膜、「ケラト」は矯正、「ロジー」は学問や療法を意味します(Wikipediaより)。
つまり、オルソケラトロジーとは、直訳すれば「角膜矯正療法」という事であって、視力回復法ではないんです。
リスクが考えられる上に視力回復法ですらないものを、他人にお勧めすることはハッキリ言って私にはできません。
メガネやコンタクトがない生活は、視力が悪い人にとっては非常に魅力的でしょう。
しかし、リスクが考えられるのも事実。特に子供さんは自分での判断が難しい為、保護者の判断に委ねられることになります。
一時期あれほど流行っていたレーシックが現在かなり下火になったのには、最初はわからなかった問題点が色々出てきたことが、一つの要因とも言われています。
オルソケラトロジーにも同様の問題が発生する可能性は、事前に想定しておくべきではないでしょうか。
その上で裸眼生活と起こりうる問題点をよく比較して、受けられるかどうか慎重に考えることをお勧めします。
参照:
日本眼科学会HP「コンタクトレンズ障害」
(http://www.nichigan.or.jp/public/disease/hoka_contact.jsp)
日本眼科学会運営サイト 目の健康JP「オルソケラトロジーとは?」
(http://www.menokenko.jp/htmlbook/orthokeratology/index.html)
日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会
「オルソケラトロジーガイドライン第2版」
(http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/orthokeratology_2edition.pdf)
ハマノ眼科HP「コンタクトレンズと角膜生理」
(http://www.hamano-eye-clinic.com/chishiki/chishiki12.html)